ワタシ×タベル=タベモノガタリ🍙

食べることとちょっぴり冒険が好きな女子学生のブログ

人はなぜ生きているのかわからなくなったっていう話。

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こんにちは。なんか色々考えていたらこんな問いにたどり着きました。

 

「人はなぜ生きているのか」

「人は何のために生きているのか」

 

なんだかわからなくなったのです。

 

この質問をされたら私はこう答えるでしょう。

 

「世界人口を"おいしい"で満たすため。」

「大切な家族や友達や彼を幸せにするため。」

「おいしいもの食べるため。」(笑)

 

けれど、果たしてこれは先ほどの問いの回答になっているのか、わからないのです。

 

心臓が動いて、体に血が通って、頭が動いて、どうやら竹下友里絵という人が生きてしまっていて(もちろん産んでくれた両親には感謝しているので、そこは誤解しないでほしい)。

 

じゃあせっかく生きるなら

「世界人口を"おいしい"で満たすため。」

「大切な家族や友達や彼を幸せにするため。」

「おいしいもの食べるため。」

に生きようよ、っていう感じ。

 

最初の問いに立ち返ろう。

「人はなぜ生きているのか。」

これは私にとっては、「人はなぜ生まれてしまうのか」という質問に近い気がする。

だって生まれるから生きないといけないわけなんだから(使う漢字も一緒なんですね)。

 

人が生まれて生きようとするから傷つく人がでてきて、地球が破壊されて、食べられない人がでてきて、死んでいく人がいる。

 

もはや人がいなければ日本国の発展とか別によくって、ただの土地・ただの地球と化してもいいじゃないか。

 

 

そんな中私は、もしかしたら借金まみれになるかもしれないのに起業しようとしていて、まだ見ぬ食べられずに苦しんでいる人に食べ物を届けようとしている。

なんだか不思議なことやってんなーと思うわけです。

 

とはいえ、今私は生きてしまっている。

誰かに「生きてくれ」って頼まれたわけでもないのに、粛々と。

 

生きてしまっている以上、欲がでてきて、おいしいもの食べたいし、毎日ふかふかのベットで寝たいし、大好きな家族・友達・彼といたいと思うし。

その欲の裏側で、誰かを傷つけているのかもしれないのに。

 

 

と、なぜこんな問いにたどり着いたかというと、食のことを考えていたからなのですが。

 

この間、とある人と話している時に言われたこと。

 

「みんな自給自足の生活をしたらいいと思うんです。自分で食べるものは自分で育てる。だって、今みんな働いているのって食べ物を買うためでしょ?」

 

一理ある。一理あるが、食べるため・生きるためだけに人は働いてないよなあと。

 

「やりがい」や「生きがい」というものを求めて、働いている人は多い。

そしてやりがいというのは時に、「社会を変えること」に対して向く人もいる。

私みたいに。

 

なんのために社会を変えたいのか。

まだ見ぬ未来を見たい。苦しんでいる人を助けたい。自分が生きやすい世の中を作りたい。隣の人を笑顔にしたい。まあいろいろあるだろう。

 

けれど人が生きている限り新たな欲がで続けて、社会問題は生まれ続けて、またそれらの問題を解決するために誰かが人生をかけて取り組む。

 

その「生きがい」になんの意味があるのだろう、と。

 

普段哲学チックなことが嫌いな私が、めずらしく悶々と、今でも考えています。

 

「生きがい」とはという問いは「幸せとは」という問いに近しいものがありそうです。

 

私にとって幸せとは、大好きな人たちと、まだ見ぬ知らない人たちと、一緒においしいものを食べることかなあ。

じゃあやっぱり、世界人口を"おいしい"で満たさないとだめだなあ。うーん。